「本屋がなくなるなら、小さくても自分でやってみよう」

教員から本屋へ。ミステリー小説専門店「ひいろ書店」近藤健司さんの挑戦


 

高知市にある「ひいろ書店」は、ミステリー小説を専門に扱う、カフェ併設の小さな書店だ。
店内にはミステリー小説の新刊が並び、コーヒーを飲みながらゆっくり本を楽しむことができる。さらに、一箱ごとに“店主”が異なるシェア型本棚や読書会など、本を「買う」だけではない楽しみ方も生まれている。

店を営む近藤さんは、もともと小学校の教員。書店で働いた経験、経営経験もなかった。
それでも、身近な書店が次々となくなっていくのを目の当たりにし、「だったら、自分で小さく始めてみよう」と一歩を踏み出した。

 

身近な本屋がなくなった。「だったら、自分でやってみようかな」

近藤さんが本屋をやりたいと思った背景には、身近な書店がなくなっていった経験がある。
以前住んでいた町に唯一あった書店が閉店。さらに、子どもの頃から通っていた地元の書店も、大学生の頃になくなった。
「全国的に本屋さんがなくなっているということは知っていました。自分がよく行っていた本屋さんもなくなって。そういうことが重なって、小さくてもいいので、自分でやってみようかなと思ったのがきっかけです。」

教員として学校現場で働いていたことも、本への思いにつながっている。
「学校で働いていたので、本の大切さは身にしみて実感していました。図書館やAmazonだけではない、本屋さんだからこその良さや大切な部分もあると思っていたんです。」

漠然と抱いていた「いつかやってみたい」という思い。それを、本当にやってみようと決めた。

 

最初に考えていた場所を変える。計画は途中で変えてもいい

起業を考え始めた近藤さんが、まず相談したのは地元の商工会だった。
当初は、それまで暮らしていた地域での出店も考えていた。しかし相談するなかで、人口規模などを踏まえると、そこで書店を経営するのは厳しいのではないかという意見もあった。

そこで近藤さんは、最初の計画に固執しなかった。
「話をしていくなかで、まず高知市で始めて、そこで名前を知ってもらってからでも、自分にできることがあるんじゃないかと思いました。それで、まずは高知市で始めようと。」

それからは起業相談として、こうち起業・創業支援プラットフォーム(KSP)に会員登録をし、個別相談に足を運んだ。
「KSPでは商工会とは違い、自分のアイディアをブラッシュアップするための壁打ちとして活用できたのは良かった」と近藤さんは語った。
その後、物件についても専門家の意見を聞きながら準備を進めた。

教員の仕事を辞め、4月から10月のオープンまでの約半年間は、店づくりに集中する期間とした。
ただ、いきなり自分の店をオープンしたわけではない。
6月から8月末まではシェアキッチンを利用し、実際に営業を経験。コーヒーやメニューについて学びながら、自分の店を持つ前に"お客さんにお金を払ってもらう"という経験を積んだ。

最初から完成形をつくるのではなく、小さく試してから次へ進む。
この姿勢は、その後のひいろ書店の経営にもつながっている。


「相談できる相手がいない」ことが、起業前の大きな不安だった

初めての起業。当然、不安はあった。
特に近藤さんが振り返るのが、「周りに起業した人がいなかった」ことだ。
「学校の先生をしていたので、周りも学校関係の人ばかりでした。経営者とは全然つながりがなかったですね。」

事業について相談したくても、身近には同じような経験をした人がいない。
「初めてのことですし、動く金額も大きい。何が不安なのか分からないくらい不安だったと思います。少しでも起業している人や経営している人と話せたらよかったですね。」

そんなときに、大きな理解者となったのが妻だった。
近藤さんは、出会った頃から「いつか会社を持ったり、起業したりしたい」と話していた。
実際に起業を考え始めたときには、塾講師など、それまでの経験を生かした選択肢も考えた。
しかし、妻から返ってきたのは意外な言葉だった。
「むしろ妻の方から『本屋さんがいいんじゃない』と言ってくれたんです。僕が本を好きなのも知っていましたから。」

周囲からは「大丈夫なのか」「難しいんじゃないか」と心配されることも多かった。
「味方という意味では、妻だけだったかもしれません。」
だからこそ近藤さんは、これから起業する人にとって、相談相手や仲間を持つことは大切だと話す。

 

「同じことをしても意味がない」から、ミステリー専門店に

ひいろ書店の最大の特徴は、「ミステリー小説専門店」という明確なコンセプトだ。

なぜ、あえてジャンルを絞ったのだろうか。
「一つは、自分が一番好きで、得意なジャンルだったからです。それと、同じことをしても意味がないと思っていました。」

一般的な書店と同じように幅広い本を並べるのではなく、「ミステリーなら、ひいろ書店」と思い出してもらえる場所をつくる。この方針は、最初に事業計画を作ったときから変わっていない。
「事業計画の段階から、ミステリー専門店というところは決めていました。そこはぶれなかったですね。」

一方で、実際に店を始めたからこそ見えてきた課題もある。
「常連さんから、『最初はミステリーをあまり読まない自分が入っていいのかなと思った』と言われたことがあって。専門店にしたことで、思った以上に入りにくいと思う人がいるんだなというのは想定外でした」

“何でもある店”にしないことで、店の個性は強くなる。その反面、入口が狭くなる可能性もある。

そこで読書会では、ミステリーに限らず誰でも参加しやすいテーマを設定するなど、店の「色」は残しながら、入り口を広げる工夫を続けている。


本だけでは難しい。だから「掛け算」を考えた

実際に書店を経営しようと調べるなかで、近藤さんが直面したのが、本の利益率の低さだった。
「書店がなぜなくなっているのかという本も結構読みました。そこで利益率の話も知って。本だけではなく、何かを組み合わせた方がいいんじゃないかと思ったんです。」

そこで考えたのがカフェだった。
「本とカフェなら相性もいいだろうと。」

こうして、書店とカフェを組み合わせた現在の形が生まれた。
そして、店を始めてから、さらに新しい「掛け算」が増えていった。その一つがシェア型本棚だ。

 

最初の事業計画になかった「シェア型本棚」

現在、店内には、一つひとつの棚に異なる“店主”がいるシェア型本棚が並んでいる。
本好きの個人が自分のおすすめを並べたり、自分の作品を知ってもらうために活用したり、別の書店が出店したり、と使い方はさまざまだ。

実は、この仕組みは開業時の事業計画には入っていなかった。
「全国でこういう形が増えていることは知っていました。でも、オープンしたばかりでやっても、棚がスカスカだったら意味がないと思っていたんです。」

営業を続けるなかで常連客が増え、会話を重ねるうちに、「この人ならやってくれそうだ」と思える人が何人か現れた。
そこで徳島県の先行事例まで足を運び、実際に話を聞いた。そして、まずは5棚から始めることにした。
「3つくらい埋まれば見栄えもするかなと思って始めました。」

Instagramで募集を告知すると、想像以上の反響があった。新聞にも取り上げられ、問い合わせも入った。
今では棚も増え、本好きの人同士や、書店と書店をつなぐ場所にもなっている。
「本に需要がなくなっているわけではないんだな、というのは店を始めて感じました。」

最初から完璧な事業モデルを描いていたのではない。
まず店を始める。お客さんと話す。需要がありそうなら、小さく試す。
ひいろ書店の現在の形は、その積み重ねでできている。

 


読書会も想像以上。「本を通じてつながりたい人」がいた

もう一つ、想像以上の反応があったのが読書会だった。
「読書会は、想像以上に参加してもらっています。もっと少ないと思っていました。」

内容も一つの形に固定していない。
「宇宙人に紹介したい本」「無人島に持っていきたい本」などのテーマを決めておすすめを持ち寄ることもあれば、一冊の課題本をみんなで読んで感想を共有することもある。

「いろんなやり方を、とりあえず試しています。」
これは、ひいろ書店の経営そのものにも通じる言葉だ。

オープン後にはマルシェにも積極的に出店した。その後、店の状況を見ながら「今年はマルシェに出ず、店を優先しよう」と方針を変えた。
やってみて、違えば変える。その繰り返しで、少しずつ自分の店に合った形を探している。

 

不安はある。それでも「やってよかった」

起業してよかったことと、大変なこと。
そう尋ねると、近藤さんはまず経営者としてのリアルな部分を口にした。
「金銭面は安定しないので、やっぱり不安です。常に不安を抱えている感じはあります」

それでも、続けてこう話す。
「でも、やってよかったなと思います。」

その理由は、自分で考えたことを、自分の判断で試せるようになったことだ。
「学校の先生をしていたときは、子どもたちのために何かやりたいと思っても、自分だけではできないことがたくさんありました。」
「今は、これが社会のためになるんじゃないか、お客さんのためになるんじゃないか、売上が伸びるんじゃないかと思ったことを、とりあえず試せる。それが楽しいですね。」

もちろん、失敗したときの責任も自分にある。
しかし、成功するかどうか分からないことを、自分で決めてやってみる。その自由さは、近藤さんにとって起業したからこそ得られたものだった。


「不安じゃない人は一人もいない」。だから、一人で考え続けない

これから起業を考える人へのアドバイスを尋ねると、近藤さんはこう話した。
「不安じゃない人は、一人もいないと思います。」
だからこそ、誰かに相談してほしいという。

近藤さん自身、KSPの起業相談や商工会を利用し、自分で作った事業計画をいろいろな人に見てもらった。
「自分で作った計画がどうなのか、いろんな人に見てもらいたかったですね。」

起業する前に、すべての答えを持っていたわけではない。
最初に考えていた出店地域を変えた。
シェアキッチンで営業を試した。
店を開いてから、当初の計画にはなかったシェア型本棚を始めた。
読書会もさまざまな形を試している。

そして現在は、さらに高知県内の本屋や本に関わる人たちがつながる仕組みもつくれないかと考えている。
「高知県全体で、本に関わる人たちがつながって、何かできたらいいなと思っています。」

ひいろ書店は、完成された事業をそのまま実行して生まれた店ではない。
「本屋をやってみたい」という思いを出発点に、相談し、試し、修正しながら少しずつ形をつくってきた。

起業を考えたとき、「まだ計画が完璧ではない」「不安だからもう少し考えてから」と立ち止まってしまう人もいるだろう。
そんな人にとって、近藤さんの歩みは一つのヒントになる。
誰かに話してみる。小さく試してみる。やってみて違えば変えてみる。
その繰り返しから、自分らしい事業の形が見えてくるのかもしれない。

 

「ひいろ書店」
・住所:高知県高知市縄手町13 山下ナワテハイツ
・Instagram:https://www.instagram.com/hiirosyoten/

文責/株式会社Time Link Creation 遠藤 洋輔