「起業なんて、自分がするとは思っていなかった」
地域おこし協力隊の3年間から生まれた「ゲストハウスふもと」― 末廣佳帆理さん

安芸市赤野地区にある「ゲストハウスふもと」。
古い民家を改修した建物には宿泊スペースだけでなく、地域の人たちが集まれる交流スペースがある。地域のお祭りの打ち合わせをしたり、みんなで食事をしたり、県外から訪れた人が地域の人と出会ったり。
「宿泊施設」という言葉だけでは収まらない場所になりつつある。
この施設を立ち上げたのが、東京都から安芸市へ移住した末廣佳帆理さんだ。
地域おこし協力隊として3年間活動した後、ゲストハウスを開業。
「人生で自分が起業するなんて、考えてもみませんでした。そもそも発想がなかったです。」
そんな末廣さんが起業することになった背景には、高知への移住、そして地域おこし協力隊として過ごした3年間が大きく関係している。
高知に来て知った、「1つの仕事だけじゃなくていい」という働き方
末廣さんが安芸市に移住したのは2023年。コロナ禍をきっかけに地方移住を考え、安芸市の地域おこし協力隊として活動を始めた。
高知へ来て驚いたことの一つが、周囲に自分で仕事をつくっている人が多かったことだ。
「東京にいた時は、周りに起業している人なんてほとんどいなかったんです。でも高知に来たら、『みんな自分で何か仕事してるな』って感じで。それが普通なのがいいなと思いました。」
しかも、1つの仕事だけをしているとは限らない。農業をしながら別の仕事をしたり、宿泊施設やバーなど、複数の仕事を組み合わせたり。
「1人で5つくらい仕事をしているような人もいて。これって最高のリスクヘッジだなと思ったんです。」
東京でコロナ禍や震災を経験したこともあり、1つの会社、1つの収入源に頼らない働き方に、むしろ安心感を感じるようになった。
起業は最初から目標だったわけではない。協力隊として高知へ来て、地域で暮らし、さまざまな働き方をする人たちに出会ったことで、末廣さんの中に「自分で仕事をつくる」という選択肢が初めて生まれた。

「3年後どうしよう」より、まず協力隊として目の前のことをやってみた
地域おこし協力隊には3年間という任期がある。当然、末廣さんも「3年後どうするのか」を考える時期があった。
しかし、最初から任期終了後の事業を決めていたわけではない。
将来について同僚に相談した際には、「これまで行き当たりばったりでも何とかなってきたでしょう」と言われたこともあり(笑)、まずは焦って答えを出すのではなく、目の前の協力隊活動に取り組むことにした。
「ちょっと自分を泳がせておいて、目の前のやるべきことにフォーカスしようと思ったんです。」
結果的に、それが起業への大きな準備期間になった。
協力隊として地域に入り、いろいろな人に会う。地域のことを知る。空き家を見る。地域でどんな人が活動しているのかを知る。そして、仕事だけではなくプライベートでも地域に関わる。そうした3年間の積み重ねから、少しずつ「自分がこの地域でできること」が見えるようになっていった。
協力隊の業務を越えて地域に入ったことが、起業の種になった
大きな転機になったのが、安芸市に残る獅子舞などの伝統文化との出会いだった。
安芸市の赤野地区には600年以上続くとされる大元神社の祭りや獅子舞がある。コロナ禍で一度途絶えかけていた祭りを、地域の人たちが復活させようとしていた。
末廣さんも協力隊としての業務だけではなく、プライベートでもその活動を手伝うようになった。
「伝統文化を残すということももちろんなんですけど、獅子舞をきっかけに、コロナで失われた子どもたちとお年寄りとのつながりを、もう一度つくっていこうとしていたんです。」
祭りが復活すると人が集まり、それまであまり顔を合わせることのなかった若い世代もつながった。
末廣さん自身も、自然とその輪の中に入っていった。
「赤野地区って面白いなと思うようになりました。文化財もあるし、神社もある。川も綺麗で、絶景のスポットもある。でも、ほとんどが知られていない。」
そして、ある時思い浮かんだ。
「この辺で宿ができたらいいかもな、と思ったんです。」
地域外から来た人が泊まり、祭りや地域の魅力を知る。地域の人と外から来た人が出会う。
自分自身が協力隊として地域に入り、人とのつながりをつくってきたからこそ見えてきた事業だった。

協力隊時代の奈比賀地区での活動の様子
協力隊だったからこそ、地域を知り、物件とも出会えた
協力隊としての経験が直接生きたのが物件探しだ。
末廣さんは協力隊の活動として空き家バンクにも関わっていたため、地域の空き家を調査し、さまざまな物件を見る機会があった。
最初に「ここだ」と思った家もあった。しかし、その家を以前から探していた人がいたため、自分で取得せず、その人に紹介した。
「最高だったのに、とは思いました。でも、きっと別のご縁があるんだろうと思うことにしました。」
すると数か月後、現在の「ゲストハウスふもと」となる物件が出てきた。広い駐車場があり、昔ながらの建具や透かしガラスも残っていた。
協力隊として地域の中で仕事をしていなければ、同じタイミングでこの場所に出会えていたかは分からない。
起業に必要だったのは、資金や事業計画だけではない。
3年間地域にいたことで蓄積された情報と人との関係も、末廣さんにとって大きな“起業資源”になっていた。

協力隊時代の奈比賀地区での活動の様子
「事業計画を作らないと、お金は借りられないよな」
とはいえ、「宿をやりたい」と思っただけでは事業にはならない。
「まず、事業計画を作らなきゃいけないんだろうなと思ったんです。」
誰かから言われたわけではない。
「もし自分がお金を貸す側だったら、何もない人には絶対貸さないよなと思って。何か説明できるものを作らないといけない。じゃあ事業計画かな、と。」
まずはインターネットで調べながら、自分で事業計画を書いた。しかし、「これで合っているのか」が分からない。
そこで参加したのがこうち起業・創業支援プラットフォーム(KSP)主催の事業計画策定セミナーだった。
「自分でも調べながら作っていましたけど、目の前で教えてもらうと理解度が全然違いました。」
それまでの計画は、「こんなことをしたい」「あんなこともしたい」という思いが中心だった。
セミナーを通じて、これからどんなふうに取り組み、工夫していくのかなどを、魅力的に相手に伝わる計画のつくり方を学ぶことができた。
その後、日本政策金融公庫へ相談。改修費の見積もりを取り、補助金も調べ、商工会議所や金融機関にも相談した。
協力隊2年目の後半頃から動き始め、3年目には本格的な起業準備へ。
任期が終わる直前になって慌てて次の仕事を探したのではなく、協力隊として働きながら少しずつ準備を進めたこともポイントだった。
「会社員時代の経験も、意外と全部使えるんだ」
東京で会社員として働いていた経験が、思った以上に役立ったことに気づいた。
「私はもともと、全然畑違いのOLだったんです。でも振り返ると、その経験が意外と使えるなと思いました。」
例えば、資料づくり。会社員時代には、上司がさらに上の人へ説明することを考えて資料を作っていた。
補助金申請や融資相談でも同じだった。
「この人が次の人に説明する時に、この資料で説明できるかなって考える。会社員の時にやっていたことと同じなんだなと思いました。」
起業というと、ゼロからまったく新しい能力を身につけなければならないように感じる。
しかし、これまでの仕事で身につけた資料作成、段取り、コミュニケーション能力なども十分に起業の力になる。
そこに協力隊として得た「地域を知る経験」が加わった。
末廣さんの起業は、これまでのキャリアと協力隊の3年間を掛け合わせてつくられたものだった。
地域との関係は、事業を支える力になる
計画ができ、物件が決まっても、開業までは想定外の連続だった。
補助金や融資を利用している以上、期限までに施設を完成させ、保健所や消防の検査を通さなければならない。改修にはDIYも取り入れた。
「消防検査の前日に、火災報知器の場所が違うと分かって、夜中に外して付け直したりしました。」
そして保健所の検査前。
「保健所が来る前の10日間は、ほとんど寝ていませんでした。ずっと壁を塗ったりしていました。」
その時、力を貸してくれたのが地域の人たちだった。仕事を終えた後に来て、一緒に壁を直し、夜遅くまで塗装を手伝ってくれた。
なぜ、そこまで手伝ってくれたのか。そこには、協力隊時代から祭りや地域活動に関わり、一緒に汗をかいてきた時間がある。
地域での起業は、物件を見つけて店をつくれば始まるわけではない。地域との関係そのものが、事業を支える力になる。末廣さんの起業は、そのことをよく表している。

協力隊卒業後も地域の仕事を続けながら、宿を経営する
現在、末廣さんはゲストハウス一本で生計を立てているわけではない。月曜日から木曜日までは集落支援の仕事をしている。地域の見守りや、赤野地区の獅子舞をはじめとした伝統文化を生かした地域づくりをサポートし、週末を中心に宿を運営する。
興味深いのは、協力隊時代にプライベートで関わり始めた地域活動が、卒業後には仕事の一部にもなっていることだ。
「好きで関わっていたことが仕事になったのは、本当にありがたいですね。」
協力隊の3年間で地域との信頼関係をつくり、自分の得意なことや地域から求められる役割を見つける。そこから「宿」と「地域の仕事」を組み合わせた現在の働き方が生まれた。
高知へ来た頃に魅力を感じた、「1つの仕事だけに依存しない働き方」を、今度は自分自身が実践している。

小さな事業だからこそ、「1人で回せる仕組み」をつくる
宿の運営は、できるだけ1人で回せる形にした。予約サイトはAirbnbに絞り、複数サイトを管理する手間やダブルブッキングのリスクを減らした。チェックインの方法や施設の使い方に関しては動画にして事前に宿泊者に送る。そうすることで、自分が宿にいなくても、宿泊者自身でチェックインができる。
「今は本当に便利な時代だなと思います。」
予定がある日はスマートフォンから予約を閉じる。資料作成などはAIを活用することがある。
「20代の頃にこれをやろうと思っても、こんなに簡単にはできなかったと思います。」
起業したから24時間仕事をするのではなく、テクノロジーも使いながら小さく運営する。
これも、複数の仕事を続けるための工夫だ。
「目の前で喜んでくれる」のが、会社員時代とは違う
もちろん、開業したからといって毎日予約が埋まっているわけではない。夫から「本当に大丈夫?」と心配された時期もあったという。
それでも、宿泊した人が喜んで帰っていく姿を見ると、起業してよかったと思う。
「会社員の時って、最終的なお客さんに会えないことが多かったんです。」
「ここでは、自分がこうしたらリラックスできるかなと思ってやったことを、目の前で喜んでもらえる。それがすごく嬉しいです。」
そして、喜んでくれるのは宿泊客だけではない。
交流スペースでは地域の食事会や打ち合わせを開き、県外から祭りへ参加する人の着替えや説明の場所にも使っている。
「自分の場所だから、『どうぞ使ってください』って言える。それが嬉しいですね。」
自分の事業でありながら、地域にも開かれている。そこも「ゲストハウスふもと」らしさだ。

ゲストハウスを拠点に、「地域と地域をつなぐ仕事」へ
末廣さんがこれから考えているのは、単純に宿泊者数を増やすことだけではない。
赤野地区の活動を通じ、奈良県東吉野村で地域活動を行う人たちともつながった。海外から日本文化を体験しに来る旅行者を赤野地区の祭りへ案内してもらったり、逆に赤野地区の若者たちと東吉野村を訪れたり。小さな地域同士の交流が始まっている。
「集落同士の交換留学みたいなことができたら面白いなと思っています。」
人が来れば宿泊につながる。地域の文化や人との出会いも生まれる。さらに、そこから次の人がやって来るかもしれない。
「地方の過疎地域にいても交流はできるし、ここから面白いことを発信できるんだというのが見せられたらいいなと思っています。」
「ゲストハウスふもと」は宿泊するためだけの場所ではなく、地域と外をつなぐ拠点へと少しずつ広がっている。

「やってみたかったら、やってみよう。失敗って、そんなにないと思う」
これから起業を考える人へのメッセージを聞くと、末廣さんから印象的な言葉が返ってきた。
「失敗って、そんなにないんじゃないかなと思うんです。」
もちろん、無計画に大きなお金を借りるという意味ではない。
末廣さん自身も、「お金が借りられなかったら宿はやめよう」と考えていた。
返済できる範囲で借りる。事業計画をつくる。分からないことは相談する。使える支援制度を調べる。そのうえで挑戦する。
「例えば、お客さんが全然来なかったとしても、私は返せる範囲でしかお金を借りていないので、ほかの仕事をして返せばいい。」
さらに、こう続ける。
「ここで地域の人がたこ焼きパーティーをしたり、違う使い方をしてくれるかもしれない。お金だけで見たら失敗でも、別の視点で見たら、自分にとってすごい財産になっているかもしれない。」
事業計画をつくった経験も、融資を受けた経験も、建物を改修した経験も、地域の人たちと一緒に何かをつくった経験も残る。
だからこそ、「やりたいなと思った時に、やらない方が、私はつまらないかなって思います。」と話す。
東京で会社員をしていた頃、自分が起業する未来など想像していなかった。
それが高知へ移住し、地域おこし協力隊になった。3年間、地域の中で活動し、人と出会い、地域の面白さを知った。
その間に事業計画を学び、相談先を見つけ、物件と出会い、少しずつ準備した。
そして今、自分の宿を持ちながら、地域の仕事も続けている。
末廣さんにとって地域おこし協力隊の3年間は、単なる「移住後の仕事」ではなかった。
地域を知り、人とつながり、自分がこの場所でできる仕事を見つけるための3年間でもあった。
最初から起業家である必要はない。協力隊の任期終了後の道が、最初から決まっている必要もない。
まず地域に入り、目の前のことに関わってみる。そこで見つけた「面白い」「もっとこうしたい」を、小さく仕事に変えてみる。
末廣さんの歩みは、地域で起業することを考える人に1つのヒントを与えてくれる。

「ゲストハウスふもと」
・住所:高知県安芸市赤野乙赤野橋
・Instagram:https://www.instagram.com/fumoto1113guesthouse/
文責/株式会社Time Link Creation 遠藤 洋輔