「知らない土地で店を出すなら、その土地の人とうまくやれるかが一番大事」
札幌での店舗経営を経て、高知で新たに「Bar萬屋2nd」を開いた ― 萬屋眞道さん

高知市中心部にある「Bar萬屋2nd」。
1950〜1990年代を中心としたオールドボトルのウイスキーを揃え、本格的な料理も提供するバーだ。店主の萬屋さんはもともとバーテンダーではなく、料理人としてキャリアを積んできた。
「僕はバーテンダーではなく、もともと料理人なんです。最初は和食料理店で修業して、その後、居酒屋やオーガニックレストランなどでも働きました。」
北海道・札幌で自身のバーを経営していた萬屋さん。その後、海外での仕事にも挑戦しながら経験を重ね、西日本を約3か月かけて巡った末に、移住先として高知を選んだ。高知に親戚や仕事上のつながりがあったわけではない。土地勘も人脈も全くない状態からのスタートだった。
札幌を離れ、次に暮らす場所を探して西日本へ
萬屋さんは、札幌で飲食やIT関係の仕事を経験した後、自身のバーを開業した。
その後、一度は海外移住を考え、東南アジアへ渡った。
「うまくいったら、そのまま海外に移住するつもりだったんです。自分のケツに火をつけるために全部捨てて、包丁と3日分の服とパソコンだけ持って行きました。」
しかし、現地の食文化との違いなどもあり、海外でそのまま暮らすという選択には至らなかった。
日本へ戻った後、以前から「瀬戸内あたりで暮らしてみたい」というイメージを持っていたこともあり、西日本を約3か月かけて巡ることにした。
「西日本にはほとんど来たことがなかったので、じゃあバックパッカーで回ろうと。完全にノープランでした。」
そこで意識したのが、観光情報だけで地域を判断しないことだった。
「地域の人と仲良くなりたかったので、晩ご飯はチェーン店ではなく、地元の人がやっていそうなお店にばかり行っていましたね。」
店に入り、地元の人に話を聞く。
その土地のことを教えてもらい、次の場所へ行く。
そうやって各地を見て回った。
「3日いるつもりが1週間」。高知を選んだ理由は人だった
実は当初、高知は有力な移住先候補ではなかった。
「高知のことは本当に何も知らなかったです。坂本龍馬くらい。食材も柚子とか生姜とか、そのくらいでした。」
交通の便などを考えれば、最初から高知を選ぶ理由はあまりなかったという。
「最初は3日間いるつもりだったんですけど、結局1週間くらいいました。」
萬屋さんが高知を移住先として考えるようになった大きな理由は、県民性だった。
「移住して商売をするなら、都会だから商売しやすいかどうかよりも、その土地の人と良い関係性を築けるかどうかが、一番重要だと思っていました。」
知らない土地で店を出せば、地域の人との関係性もゼロからつくらなければならない。
だからこそ、その地域で自分が生活していけるか、人との関係性をつくっていけそうかを重視した。
「他県だと『ようこそ○○県へ』みたいな感じなんですけど、高知は『高知に来てくれてありがとう』という感じがあって。その県民性が僕にはすごく良かったです。」
人口や市場規模だけで移住先を選んだわけではない。
「ここなら人と付き合っていけそうだ」と感じられたことが、高知を選ぶ大きな理由になった。
高知へ移住すると決めても、すぐに店を出すつもりではなかった
意外にも、高知への移住を決めた時点で、すぐにバーを開業しようとは考えていなかった。
まずは高知で就職することも考え、移住前にはオンラインで面接も受けた。
一方で、県内の移住支援についても調べ、高知県への二段階移住も利用した。
「その期間にいろいろ見に行きました。知り合いで車を持っている人がいたので、高知にはこういうものがあるんだなとか、県内を見たりしていました。」
また、こうち起業・創業支援プラットフォーム(以下KSP)主催の交流会に参加し、高知で活動する起業家や高知で起業を目指す仲間たちと交流した。KSPの起業相談窓口も利用しながら、高知で事業を行うための情報収集も進めた。
もともと農業にも興味があり、自治体の窓口へ話を聞きに行ったこともある。同時に物件も探した。
すでに札幌で起業していたため、起業そのものについて一から学ぶというより、「高知で何をするか」「どこでやるか」を確認する期間だった。
移住して起業する場合、事業の知識だけでは足りない。
地域の特徴、立地、商圏、客層など、その土地を知ることが必要になる。萬屋さんは二段階移住などの期間も使いながら、その情報を集めていった。
高知で店を始めるにあたり、札幌時代からの強みをそのまま生かした部分もある。その一つが料理だ。
「バーって、おいしいお酒は出せるけれど、料理人を雇っているところは少ない。だったら、ちゃんとした料理を作ろうというのがコンセプトです。」
Bar萬屋2ndは18時から営業する。
バーとして2軒目、3軒目に利用するだけではなく、料理を食べながら1軒目として使うこともできる。
予約制でコース料理にも対応する。
もう一つの特徴が、オールドボトルだ。店内には1950年代から1990年代を中心としたウイスキーが並ぶ。
「店の半分くらいを全部オールドにしています。60年代、50年代から90年代。今は70年代が一番多いですね。」
「昔から持っているオールドがある店はあっても、一から集めてオールドを推している店は、高知ではあまりないと皆さんおっしゃいます。」
自分がこれまで培ってきた料理と酒の経験を、高知にはまだ少ない店の形に落とし込んだ。

札幌での経験が、そのまま高知で通用するわけではない
一方、実際に営業を始めてみると、札幌との違いも見えてきた。特に大きかったのが客層だ。
「札幌でお店をやっていた時は、お客さんの6割、7割が女性だったんです。でも高知では、一人でバーに来る女性がものすごく少ないですね。」
札幌では、20代の女性が一人で来店し、ウイスキーをストレートで一杯飲んで帰ることもあった。
高知は酒を飲む人自体は多いものの、酒の楽しみ方には違いがあるという。
一方で、予想以上に高価格帯のウイスキーが出るという発見もあった。
「絶対出ないだろうなと思っていたものが、そこそこ出るのはびっくりしました。」
早い時間の利用にも地域差があった。18時から営業しているものの、高知ではバーを「0次会」として使う文化はまだあまりないと感じている。
「県外から出張で来るお客さまに、『0次会でバーを探していたけど、高知はどこもやってないね』って言われることはあります。」
他地域で経営した経験があっても、顧客像まで同じだと考えてはいけない。
萬屋さん自身も、高知で営業しながら客層や利用方法を見ている段階だ。
「想定外の方が多いですね。」
この言葉は、知らない土地で店を始める難しさを端的に表している。

一番の課題は「認知」。経験者でもゼロから始まる
開業後、萬屋さんが特に課題として感じているのが集客だ。
札幌で店を経営していた経験があっても、高知では萬屋さん自身のことも、店の特徴についても、まだ十分に知られていない。
「やっぱり認知が全然ないというのが一番だと思います。」
Bar萬屋2ndは、オールドボトル、本格的な料理、ジビエなど、コンセプトが明確な店だ。
特にジビエ料理は店の大きな特徴の一つ。全国的に見ても、カウンターバーで本格的なジビエ料理を提供している店は極めて珍しい。料理人としての経験を持つ萬屋さんだからこそ実現できるスタイルであり、酒と料理の両方を楽しめる専門性の高い店づくりを目指している。
その分、対象となる客層も広くはない。
「どうしても客層がすごく狭いので、忙しい時は固まって忙しいし、暇な時は本当に誰も来ない。北海道でやっていた時より、その差はすごくあります。」
そして、経営者としての現状も率直に話す。
「コンセプトは明確にしているので、もう少し集客できるんじゃないかとは思っています。ただ、認知を広げる前に自分の資金が尽きてしまう可能性もあるので、そこが今一番気になっているところですね。」
店をつくれば終わりではない。 知らない土地での起業では、以前の地域で積み上げた知名度や常連客を持ってくることは難しい。
「店を知ってもらう」ことからやり直す必要がある。
すでに起業経験のある萬屋さんでも、そこは同じだった。

高知で驚いたのは、「野菜と生産者との距離」
一方、高知で店を始めたからこそ見つかったものもある。
料理人である萬屋さんが特に評価するのが、高知の食材だ。
「高知というと、みんなカツオ、カツオって言うじゃないですか。でも僕は、野菜が本当に素晴らしい土地だと思ったんです。」
特に面白いと感じているのが、生産者との距離の近さだ。
オーガニックマーケットにも自ら足を運ぶ。
「高知は生産者とコミュニケーションを取れることが多いんです。札幌は都市自体が大きいので、なかなか生産者と直接コミュニケーションを取る機会はありませんでした。」
では、知らない土地でどうやって生産者との関係をつくったのか。萬屋さんの答えはシンプルだ。
「もう、どこかに行って仲良くなる。それだけです。」
マーケットへ行き、一軒一軒話をする。
栽培方法について聞く。農業の話をする。ジビエに興味があれば、扱っている人のところへ自分から行く。
そうして、高知で新しい仕入れ先や生産者との関係をつくってきた。
高知の食材を、自分の料理経験でどう活かすか
高知の食材をそのまま提供するのではなく、料理人としてどう活かすかも萬屋さんが重視している部分だ。
「高知の野菜は味が濃いですよね。僕は、そのおいしい野菜の味をどう引き出すかということを考えています。」
野菜のほかに、ジビエも扱う。
鹿やイノシシを熟成させたり、低温調理したり、それぞれの肉に合わせた調理を試す。
「僕は熟成が大好きなんですよ。どう熟成させるのかとか、食材の良さをどう出すのかを考える。そういうことを考えないと料理って面白くないと思うんです。」
自家製のパンチェッタも長期間熟成させるなど、店ではさまざまな試みをしている。
「マニュアルどおりの料理が好きじゃないんです。生産者と会話しながら、自分のオリジナルを作りたいですね。」
札幌で身につけた料理の技術に、高知で出会った食材や生産者を組み合わせる。
移住して起業したことで、店の料理にも新しい要素が加わった。
萬屋さんは、高知で人脈をつくるために、特別なことをしたわけではない。
移住先を探していた時は地元の居酒屋に入り、高知に移住してからはマーケットへ行って生産者と話す。気になる食材があれば、その関係者のところへ自分から足を運んだ。
「決まって動くまでは遅いんですけど、動いたらもうあまり考えない。考えても無駄だと思っているので。」
とはいえ、勢いだけで高知を選んだわけではない。
西日本を約3か月巡り、高知にも滞在。二段階移住を活用して県内を回り、行政の窓口や飲食店も見たうえで、移住と出店を決めた。
「高知って、『悩んでるんだったら、一回やってみなよ』みたいな人が結構多いですよね。チャレンジしている人も多い。それが魅力でした。」
札幌で経営の経験があっても、高知では客層も酒の楽しみ方も違い、店の認知もゼロからだった。
だからこそ、以前のやり方をそのまま持ち込むのではなく、実際に人と会い、お客さんの反応を見ながら調整している。
「その土地の人と良い関係性を築けるかというのが、僕は一番重要だと思っています。」
知らない土地での起業では、事業計画や立地だけでなく、自分がその土地に入り、人との関係をつくり続けられるかも重要になる。
萬屋さんの経験は、県外への移住と起業を同時に考えている人にとって、そのことを具体的に示している。
「Bar萬屋2nd」
・住所:高知県高知市はりまや町2丁目1−3 土佐屋ビル 2F
・Instagram:https://www.instagram.com/baryorozuya.2nd/
文責/株式会社Time Link Creation 遠藤 洋輔