「とりあえず、現地に来てみる」

自衛官からいちご農家へ。そして地域に欲しかったジム「BerryzGYM」を開業した徳弘跳一郎さん


高知県佐川町で、いちご農家として働きながらトレーニングジムを運営する徳弘さん。
もともとは自衛官として約13年間勤務し、山口、福岡、千葉、静岡、鳥取など全国各地で生活してきた。

その頃から考えていたのが、いつか高知へ戻り、一次産業に関わることだった。
農業経験も土地も、農家とのつながりもない。
そんな状態から佐川町を訪れ、役場や農家の人たちと出会ったことで、いちご農家になる道が具体的に動き始めた。

現在はいちご農家として経営を軌道に乗せながら、地域に「こんな場所があったらいい」という声を聞き、トレーニングジムを開業。
農業とジム。一見まったく違う二つの事業だが、どちらも徳弘さん自身が地域で暮らし、人と話すなかで始まったものだった。

 

自衛官として13年。それでも「高知で何かしたい」と考えていた

徳弘さんは高知県出身。20歳で自衛官となり、約13年間勤務した。
全国を転々とする生活のなかでも、高知へ戻りたいという思いは持ち続けていたという。
「高知県で何かをしたいっていう思いは、ずっとありました。」

そんな徳弘さんが20代の頃から興味を持っていたのが、一次産業だった。
最初は漁業にも関心を持ったが、調べていくうちに、自分には農業の方が合っているのではないかと考えるようになった。 
「自分で作物を育てて、それが人の口に入る。その方が面白そうだなと思ったんです。」
 
そして、自衛官を辞めて高知で農業を始めることを決意した。
とはいえ、実家が農家だったわけではない。土地も農機具も、農業経験もない。  
ゼロから農業を始めるために、「自分にできる作物は何か」を探すところから始まった。


土地も農業経験もない。だから「小さな面積でできる作物」を探した

農業をすると決めたものの、何をつくるかは決まっていなかった。
広い農地を持っているわけではないため、徳弘さんが条件にしたのは、比較的小さな面積から始められることだった。
さまざまな作物を調べるなかで、興味を持ったのがいちごだった。
「もらってうれしいですし、喜ばれる作物だと思ったんです。僕自身も好きでした。」

さらに県内の産地について調べるなかで、佐川町のいちごに関心を持つようになった。
そこで休暇を利用し、実際に佐川町を訪れた。

最初に向かったのは、移住や地域おこし協力隊などを担当する役場の窓口だった。
農業経験も人脈もない状態だったからこそ、まずは行政に「農業をやりたい」と相談したという。
その相談をきっかけに、役場が地域の農家との接点をつくってくれた。


佐川町へ足を運び、人に会ったことで「ここでやる」が固まった

次に佐川町を訪れた際には、いちご農家が集まる品評会などにも参加した。
地域とのつながりがまったくない状態から、実際に農家や地域の人たちと話す機会が生まれた。

そこで徳弘さんが感じたのは、人との相性の良さだった。
役場の担当者とも農家とも話が合い、「ここで農業をやりたい」という気持ちが具体的になっていった。

ネットで産地の特徴や支援制度を調べることはできる。
しかし、最終的に背中を押したのは、現地へ足を運び、人と会った経験だった。
「一回来てみたらいいと思うんですよ。僕も役場の人と話をして、実際にいちご農家の方と話をして、『ここでやろう』と固まったので。」
さらに、こう続ける。
「ネットでいろいろ調べながら考えることも大事ですけど、それだけで終わってしまったらもったいない。とりあえず来てみることは大事かなと思います。」

徳弘さんの農業への挑戦は、実際に人と会い、地域の雰囲気に触れたことで、一気に現実のものになった。


まず3か月学び、その後は農家へ弟子入り

農業を始めるにあたって利用したのが、高知県の新規就農者向け研修制度だった。
まずは県の研修施設で3か月間、農業の基礎知識や栽培技術、経営について学んだ。その後、佐川町のいちご農家のもとへ弟子入りし、実際の栽培や出荷を経験した。
最初の3か月を含めると、就農までの準備期間は約2年間に及ぶ。

現場で学ぶなかで、農業の面白さも少しずつ実感していったという。
「自分で考えて育てたものが、本当に実になって、それを誰かが食べてくれる。それが面白いなと思いました。」

特に印象に残っているのは、収穫前のハウスの風景だ。
「いちごが赤く色づいてキラキラして見えるんです。それを見ると、めちゃめちゃうれしいですね。」

自衛官から農業へ。
まったく異なる世界への挑戦だったが、現場で学ぶなかで、自分が選んだ道への確信が強くなっていった。


いちご農家として経営を軌道に乗せる

研修を経て、徳弘さんはいちご農家として独立した。
現在は生産したいちごをJAへ出荷し、一部を直売する形で経営している。
経営についても、現在のところは計画通り、あるいは当初の想定以上に進んでいるという。
佐川町のいちごは県内でも有数の産地として知られ、比較的高い価格で取引されている。そうした環境も、新規就農者にとって追い風になった。

一方で、地域のいちご農家は、親から農業を受け継ぐ人が多い。
「みんな農家さんの息子ですね」

だからこそ、農業とは無縁だった自衛官が佐川町へ移住し、いちご農家になるケースは珍しい。
地域の人たちも徳弘さんの挑戦に関心を寄せて、応援してくれたという。

研修先の農家や役場の担当者をはじめ、多くの人とのつながりができたことも、就農後の大きな支えになっている。


「近くにジムが欲しい」。そこから二つ目の事業が始まった

いちご農家として仕事をするなかで、徳弘さんはもう一つの事業を始める。
トレーニングジムだ。

もともと自衛官時代からトレーニングが好きで、日常的に体を鍛えることが習慣になっていた。
しかし、佐川町で農業を始めると、本格的にトレーニングできる施設が近くにないことに気づく。高知市内まで行けばジムはあるものの、移動には時間がかかる。
「近くにあった方がいいなと思ったんです。」

最初は自分自身が利用したいという思いからだった。
ところが地域の人たちと話すなかで、「あったら通いたい」「運動してみたい」という声を聞くようになる。高齢の方からは、「体が動かなくなるのが不安」という声もあった。
「そういう話を聞いているうちに、自分も欲しいし、地域にも必要なんじゃないかと思うようになりました。」

そこで、ジムをつくることを決めた。
自分の趣味から生まれたというより、地域での暮らしのなかで見つけた課題への一つの答えだった。

 


商工会への相談から、町や県の支援制度につながった

ジムを開業すると決め、まず相談したのが地元の商工会だった。
最初は物件探しについて相談し、いくつか候補を紹介してもらった。最終的には以前から縁のあった大家から声がかかり、現在の物件と出会った。

開業準備を進めるなかでは、資金面についても相談した。そこで初めて、県の起業支援や補助制度の存在を知ったという。
「県の補助金とかは全然知らなかったですね。」

商工会の担当者が、徳弘さんが活用できそうな制度を調べ、町にも相談してくれた。
当時、徳弘さんの事業に該当する町の支援制度がなかったため、新たに活用できる仕組みについて町側でも検討してもらったという。

さらに、県の起業支援制度もあわせて活用した。
同じ経費に対して重複して補助を受けることはできないため、町の支援は建物の改修、県の支援はジム器材の導入といった形で対象を分けながら準備を進めた。

その後、県の制度を利用するために事業計画を作成し、プレゼンテーションによる審査にも臨んだ。
自分一人ではたどり着けなかった制度や支援も、商工会へ相談したことで町や県へとつながっていった。


経験者だけでなく、「何をしたらいいか分からない人」も来られるジムに

徳弘さんがつくったジムは、トレーニング経験者だけを対象にした施設ではない。
本格的に体を鍛えたい人向けの設備をそろえる一方で、運動経験の少ない人や初心者向けのクラスも週3回開催している。
「何をやったらいいのか分からないという方が本当に多いんです。まずは『こういうことから始めてみましょう』というところから一緒にやっています。」

利用者の年代も幅広い。仕事帰りに通う人、親子で利用する人、定年退職後に運動を始めた人。なかには84歳の利用者もいるという。

集客についても、大きな広告を出しているわけではない。Instagramでの情報発信や体験会の開催に加え、地域での口コミが中心だ。
役場や商工会、地域の人とのつながりから紹介されるケースも多い。

地域で事業を続けていくうえでは、「人が人を呼ぶ」というつながりの連鎖も、ジムの利用者が広がる大きな力になっている。

 


農業とジム。二つの仕事を両立する

現在、ジムは基本的に無人で利用できる仕組みを採用している。
入会時には徳弘さんが利用方法を説明し、その後は利用者自身で入退館する。

徳弘さんがジムにいるのは、主に週3回のクラスを担当する時間だ。
この運営方法によって、いちご農家としての仕事とジム運営を両立している。
日中はいちごの栽培や管理を行い、その合間にジムのクラスを開く。二つの仕事を無理なく続けられる形を考えながら運営しているという。

一方で、徳弘さん自身にとってジムは少し特別な存在でもある。
「ここはもう、本当に遊びなんですよ。趣味の延長というか。筋トレが好きな人が増えてくれること自体が本当にうれしいですね。」

もちろん事業ではあるが、利益だけを目的に始めたわけではない。
自分が好きなトレーニングを、地域の人たちにも気軽に楽しんでもらいたい。そんな思いが出発点だった。


これからは、佐川町のいちごを次の世代へ

ジムについては、今後さらに店舗を増やしていくことは現時点では考えていないという。
一方、農業については、今後さらに規模を広げていきたいと考えている。
「いちごの方は面積を広げていって、それこそ会社みたいにできたらなと思っています。」

その背景にあるのが、地域農業の担い手不足と高齢化だ。佐川町には高品質ないちごをつくる農家がいる一方で、生産者の高齢化は進んでいる。
「僕たちが担い手になることは間違いないので、いいものをずっと継承していきたいなと思っています。」

生産量が減れば、産地そのものの力も弱くなる。
自分の農園を大きくするだけでなく、佐川町のいちご産地を次の世代へどうつないでいくか。
佐川町の農業へ飛び込んだ徳弘さん自身が、今度は地域農業を支える側になろうとしている。


「ネットで調べる」から、もう一歩先へ

自衛官からいちご農家へ。さらに農業を続けながら、地域に欲しかったジムを開業する。
徳弘さんの歩みを見ると、大きな決断を次々としてきたように見える。

しかし、最初からすべての道筋が見えていたわけではない。
農業をしたいと思った時には、作物について調べた。
佐川町が気になったら、実際に現地へ足を運んだ。
役場に相談し、農家に会った。
就農するために約2年間学び、独立後は地域のなかで少しずつ信頼を築いてきた。
ジムを始める時には商工会へ相談し、そこから町や県の支援制度につながっていった。

徳弘さんが、これから異業種への転身や地域での起業を考える人に伝えるのは、とてもシンプルだ。
「とりあえず来てみることが大事かなと思いますね。そして、実際にやっている人の声を聞く。本当のリアルなところって、ネットに載っていないことがいっぱいあるじゃないですか。」

調べることは必要だ。ただ、それだけでは分からないことも多い。
現地へ行き、人に会い、相談することで、次に何をすればいいのかが具体的になる。

農業経験も地域とのつながりもないところから佐川町へ飛び込み、今ではいちご農家として地域に新しい価値を生み出す事業者として活動する徳弘さん。

その歩みは、「今とは違う仕事を挑戦したい」「地域で何かを始めてみたい」と考える人にとって、最初の一歩を踏み出すヒントになっている。


「BerryzGYM」
・住所:高知県高岡郡佐川町甲1787番地
・Instagram:https://www.instagram.com/berryzgym/

文責/株式会社Time Link Creation 遠藤 洋輔